久しぶりに志度寺へ(後編)


「久しぶりに志度寺へ(前編)」➡こちら


梅を撮りたくて行った志度寺(真言宗東寺派の一大寺で、四国霊場86番の札所)

本堂にお参りしたあと、向かった先は
重森三玲が作庭した「曲水式庭園と無染庭(むぜんてい)」(昭和36年)です。
拝観料無料。


↓さっきの団体の方達はバスガイドさんに聞いていないのか、どなたも来られないようです。
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「曲水式庭園」へ
 室町時代の曲水式様式が残っていたが、庭園の石組みはほとんど残っていなかった。そのため、重森は地割はそのまま残し、岩組みは細川式の曲水式の庭園である旧秀隣寺、北畠神社、保国寺(西条市)を参考として護岸石組み、豪華さを総合的に表現した武家好みの庭を再現した。曲水庭園の護岸は延、約330mにもなり、用いられた青石は約240石。


↓一組のグループが熱心にご覧になられています!
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書院前庭「無染庭(むぜんてい)」へ
志度寺の開基 藤原不比等の妻が宝珠を竜神から取り返した伝説「海女の玉取り」(➡こちら)をテーマとした枯山水の庭です。
7個ある石は、見る場所によって一つ、二つと隠れるように配置されています。
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あれっ、書院の玄関が閉じています。昨年の夏は開いていたのですが(@_@)
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で、2014年1月3日の記事「無染庭」をどうぞ➡こちら

  重森三玲氏は作庭のバイブルと言われる「作庭記」をもじって「新作庭記」を記しているが、その中で概ね次のようなことを述べられている。
 人はなぜ庭園を必要としたかの原点から考察した。即ち古代人においては自然は絶対的なもので言わば神であった。ところが仏教の伝来により、人間は仏教の神により従来の自然の神から解放されることになった。日本庭園が大自然の再現だとすると人間は従来の自然神を否定することにより、新たに人間の神を創造することになる。もちろん自然の再現と言っても、大自然をそのまま縮小コピー出来るわけもなく、しても意味がない。そこで意味のある形を再現するためにはどのようにしたらよいのか。そのためには自然の中の急所を作者の心を通じて抽出することである。言わば意訳することが必要なのである。
 従って現代においては現代語でもって自然を意訳することで、価値ある庭園が誕生することになる。

引用:「ようこそ中田ギャラリーへ」から➡こちら
参考:重森三玲作品集➡こちら
    日本庭園検索表(時代様式・地域別)➡こちら



難しいことはわからないけど、庭をみてると別の精神空間に導かれるような気がします。
気のせいか心が浄化されたようで(笑)

↓そうして書院の門を出て、日常へと帰っていったのでした。
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志度寺へお参りの際は、ぜひ重森三玲が作庭した「曲水式庭園と無染庭」もごらんくださいませ。

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おわり



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お店は2016年6月28日に閉店いたしました ご愛顧ありがとうございました

住所:高松市牟礼町
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Author:UP
オーナーの妹で写真初心者です。さぬき市多和でNPOの仕事もしています。
写真は、お料理を撮るためにはじめました。